渋谷・鹿児島おはら祭について

毎年5月の中旬に渋谷駅前の道玄坂と文化通りを借り切って「渋谷・鹿児島おはら祭」が開催され、来年は30回目を迎えます。今年は5月17日(日)午後に道玄坂と文化通りで 2000人(60の踊り連)がおはら節や渋谷音頭でパレードが賑やかに開催されます。「渋谷でなぜおはら祭」という疑問がわきますが、渋谷と鹿児島は古くから深い結びつきがあった、ということです。

[澁谷一族、鹿児島に入国]
渋谷一帯を所有する相模の豪族澁谷氏は、源頼朝が鎌倉幕府を開いた後、源平合戦の功により今の薩摩川内市あたりに所領を得て一族が移住する。薩摩の地で澁谷氏は五家に分かれ土地の名を取り入来(いりき)氏、祁答院(けどういん)氏、東郷氏、高城(たき)氏、鶴田氏を名乗る。この東郷家から700年後に出たのが東郷平八郎である。

[金王八幡宮]
豪族澁谷氏の祖、河崎基家が創建し、その後に渋谷の姓を賜りこれが渋谷の起源とされている。元は澁谷八幡宮と称せられていたが、現在は金王丸八幡宮と称せられる。

[東郷神社]
東郷神社のご神体は、鹿児島生まれで日露戦争の日本海大海戦で大勝利をおさめた連合艦隊司令長官「東郷平八郎」元帥で没後に祖先の地である渋谷に神社が建立された。

[薩摩藩澁谷藩邸]
渋谷区広尾(現在の国学院大学キャンパス)に薩摩藩澁谷藩邸があった。三田、高輪にあった江戸の薩摩藩邸は海の近くにあったが、黒船の来航による砲撃の危険から島津斉彬は内陸部に屋敷を求めた。篤姫はここから江戸城へ輿入れした。

[忠犬ハチ公]
作者の安藤照は鹿児島出身で旧制二中(現甲南高)卒業、渋谷の住民であり大のイヌ好きであった。昭和9(1934年)に忠犬ハチ公の銅像を造る。なお鹿児島市城山の西郷隆盛像は安藤照が昭和12年(1937年)に建立した。現在のハチ公像は照の子息である安藤士(タケシ)の作品である。

[西郷従道・西郷山公園]
従道は南平台(現在の目黒区青葉台)に住み、屋敷跡は公園になったが館は明治村に移された。兄の隆盛、いとこの大山巌もしばしば逗留し、兄弟揃って鶯谷町と桜丘町の境の道を抜け、渋谷から青山通りを出て馬車で役所に通った。当時この道は「西郷さんの馬車通り」と呼ばれていたという。
私の郷里は鹿児島で母校の「関東・甲南高同窓会」が毎年200名以上の参加で賑やかに開催され、同窓会の特別委員会の一つに “蔦の会” (美術同好会) があります。
渋谷・鹿児島おはら祭実行委員会では、おはら祭のフォトコンテストを実施しており、その入賞作品は当日配布される「おはら祭(GUIDE BOOK)」に掲載され、今回各種スナップ写真等を含めた「おはら祭写真展」と「第37回蔦の会展」と共催で「交流展覧会」を渋谷で開催します。是非渋谷の街に足を運んで道玄坂での “おはら祭” とギャラリー大和田(12階はプラネタリウム澁谷)での “蔦の会展” を楽しんで下さい。案内ハガキと私の作品を添付します。