
先日、兄の息子(甥)から「大宮の白岡市文化祭の歌の祭典で、おやじ「伊香保の夜」をうたったよ」。と言う動画メールが届きました。兄は 90 歳過ぎていますが、舞台を歩く足つきは大分衰えていましたが、歌声はまだまだ張りのある声で、懐かしさと共に安堵しました。私は 7 人兄姉の末っ子として長野県の山奥に生まれ、東京に嫁いできましたが、兄、姉皆健在だった時は何度か 別所温泉、鹿教湯温泉、などに集まり夜はカラオケ大会で大いに盛り上がったものでした。80 歳を超えたこの年になると田舎がとても懐かしく思い出されます。私が中学 1 年の年、真田、本原、傍陽(そえひ)の 3 ケ村が合併して町となり、真田中学校となりました。中学校までは歩いて 50 分ぐらいかかりましたが、仲間と農道を歩き帰りは野草を見つけたり給食の残りのコッペパンをかじりながらのおしゃべり、長い道のりでも、とても楽しく通学できたものです。秋のマツタケシーズンになると何度かマツタケ狩り(止め山)に行きました。マツタケ山では下から落ち葉の積もった上の方を眺め、落ち葉が少しこんもり持ち上がっているところを、指先で押してみると指先に弾力で跳ね返ってきます。そっと落ち葉をどかすとマツタケが頭を覗かして居ます。「ヤッター」大事にマツタケをとり落ち葉をかぶせてキノコの菌を温存します。東京に来て何年かはマツタケ時期になると、マツタケ狩りの夢をよく見ました。主人の両親をマツタケ狩りに連れて行き、山でマツタケごはん、キノコ汁の食事をした事も有りました。二人ともとても喜び、キノコ汁はここでしか味わえない味と言い、何杯もお替りしました。何十年も前の懐かしい思い出です。

マツタケ狩りは今年の熊騒動で、どうなっているでしょうか。
田舎の甥のメールでは「長野県でもクマの出現は異常です。近隣では散歩等外出時には熊避け鈴を携帯。それでも鉢合わせしたら、戦う積りですが・・・ 勝てるわけないよね~。危ない所へは行かないようにします。」と結び、姪からは「熊も人も必死ですから、早く冬眠季が来るまで、気を付けてね。」兄の歌の祭典でのカラオケ携帯メールを見、何人もの甥っ子、姪っ子などのメールが飛び交い、久しぶりに田舎で皆に合ったような嬉しい気持ちになりました。熊さん、はやく冬眠に入ってください。人間様がいつもの生活に戻れる様にね。
文責 福島

